口の中のものを上手く飲み込めなくなる摂食嚥下(えんげ)障害と聞くとまず高齢者がイメージされるだろう。しかし、同じ障がいを抱える子どもも実は少なくない。ただ、子どもの場合はさまざまな病気が原因となっていることが多く、国もその実態を把握していない。
今回、嚥下障害のある子どもとその家族のコミュニティを運営し、障がいを持つ人と健常者が一緒に楽しめるメニュー開発を支援する一般社団法人mogmog engine(モグモグエンジン)共同代表の永峰玲子さんと加藤さくらさんに、同法人が普及を目指す「インクルーシブ(包摂/全てを包み込む)フード」についてと飲食店に期待することについて聞いた。[2023年「日本外食新聞」8月25日号掲載]
食欲そそる見た目で本格的な嚥下食開発
2023年2月、東京都と東京医科歯科大学、東京大学との共同事業として進められている、摂食嚥下障害(以下、嚥下障害)を持つ子どもを起点に、障がいがある人もない人も一緒に楽しめる「インクルーシブフード」の完成披露会が東京・大手町で開かれた。
また5月には、同・中野でフードクリエーターの五十嵐豪氏が率いるフードクリエイティブファクトリーのスイーツブランド「toroa(トロア)」と新渡戸文化短期大学、中野区が協力して開発した「インクルーシブフード」のスイーツが披露された。この両方の開発に協力しているのが一般社団法人モグモグエンジンだ。
これらのメニュー開発には、東京医科歯科大学摂食嚥下リハビリテーション学分野の戸原玄教授や東京大学医学部(リハビリテーション医学)の井口はるひ講師といった専門家が監修しており、安全性についても考慮されている。
では、「インクルーシブフード」とはどういう料理なのか。モグモグエンジンでは「咀嚼(そしゃく)・嚥下に配慮されていて、加工なしでそのまま食べられる見た目も味もおいしい料理。そして、みんなで同じものを食べて『おいしいね』を共有する喜びを叶える食べ物」としている。
その具体例として、1974年創業の日本料理店「関西(かんさい)」(愛知県犬山市)が2年かけて考案した調理法により開発した、冷凍して配送もできる嚥下食〈口福膳(こうふくぜん)〉と子ども専用嚥下食〈もぐもぐBOX〉がある。この〈もぐもぐBOX〉は、前述の大手町の完成披露会で紹介された。
これらの嚥下食は味だけでなく食欲をそそる見た目にもこだわって作られており、障がいのあるなしにかかわらず誰もが一緒に楽しめる味と美しさを追求したという。そのため食材も、鰻は白焼きのすり身から作り線の1本1本まで手作業で再現。はまぐりは殻から身を取り出し、ステーキは上質な国産牛を使用するなど、会席料理と同じものを使っている。
さらに、付属のかつお出汁あんをかけることで、風味を損なわずに、それぞれの嚥下レベルに合わせて適切なやわらかさに調整できるよう配慮されている。これらは好きな時に好きな量だけを温めて食せるので、あまり量を食べられない人でも楽しめる。
1口サイズの9品を揃えるフルコース〈口福膳『久』〉4500円は、①サーロインステーキ②うなぎ丼③はまぐりの殻ごと蒸し④かれいの照り焼き 厚焼き玉子⑤ふぐ雑炊 てっぴ添え⑥海老の煮物 手作りごま豆腐⑦南瓜白和え⑧里芋饅頭⑨デザート こしあんと牛乳プリンの二色寄せ――という内容だ。
子ども向けの〈もぐもぐBOX〉2200円は、①サーロインステーキ②から揚げ③厚焼き玉子④鰈照り焼き⑤ナポリタンスパゲッティ⑥キャラクターウィンナー⑦クリームドリア(新渡戸文化学園製作)――と子どもが喜ぶ料理を揃えた。
中野区で披露された〈飲めるとろ生焦がしキャラメルアップルチーズケーキ〉2500円は、チーズ、生クリーム、発酵バターのすべてが北海道産100%となっており、りんごは青森産の王林と国産紅玉をブレンド。自家製焦がしキャラメルクリームをたっぷり配合することで、ジューシーで酸味のある豊かな味と香りにキャラメルのコクが加わり、子どもから高齢者まで楽しめる味に仕上がっている。
飲食店にしてほしい第一は持込みの許可
このような「インクルーシブフード」の開発支援やPR活動をしているモグモグエンジンは、食事支援が必要な子どもとそのママとパパのコミュニティ「スナック都ろ美(とろみ)」(https://snack-toromi.com/)を運営しており、約500人が会員として参加している。
ここでは、LINEなどを使って会員同士で悩み事や嬉しいことを相談・共有したり、役立つ商品やサービスなどの情報を提供しあっている。また、「スナック都ろ美」の専用サイトでは、嚥下障害についての正しく役立つ情報の発信や調査結果の報告などに加えて、前述のインクルーシブフードや嚥下障害に対応している飲食店を紹介している。
共同代表の永峰玲子さんは、モグモグエンジン設立の経緯について「特別支援学校のお祭りで、悩みを相談できるスナックコーナーを作ってみた所、次々と相談が寄せられ、多くの課題があることが分かった。子どもが嚥下障害になる病気は80種以上あり、何を食べられるかは症状によって全く違う。そして嚥下障害の子ども向けに役立つ商品やサービス、ノウハウがあっても、その情報にアクセスすること自体が難しいということを実感したから」だと説明した。
また、「私たちは介護ではなく子育てをしたいんです」(永峰さん)という想いから、会員同士が褒めたり褒められたりしながら楽しく明るくやり取りすることで、気分転換になるとともに一般の人がSNSで満足させている承認欲求や楽しみを同じように得られるようにと、LINEのグループ機能を使って「キャラ弁部」や「料理部」「コンビニスイーツ部」といったさまざまな部活動も行っている。
このように活発に活動し、子どもを色々なところに連れて行くことを推奨する中、大きな壁となるのが、店舗などでの「ウェルカム感のなさ」だという。
そこでモグモグエンジンでは、障がい者も健常者も一緒に楽しめる環境を実現するため、普通の飲食店でもできることを外食企業に提案しており、「Soup Stock Tokyo ルミネ立川店」などで実際に導入された。
では、飲食店が嚥下障害の子どもや高齢者を持つ家族を、お客さんとして受け入れる場合、どうすればいいのか。簡単なものから順にその具体例を紹介していく。 まず第一は「持ち込みを認めてほしい」ということだ。症状により内容は異なるものの、嚥下障害のある子どもと出かけて食事する際には、レトルト食品やとろみ剤、ミキサー、シリコンスプーンなど多くのものを持ち歩いている。そのため、店内でそれらを使うことが許され、さらに使用後に洗えたりすると「かなり助かります」と訴える。
次は「調理器具やカトラリーの貸し出し」だ。キッチンバサミや茶こし、ハンドブレンダー、ミキサー、みじん切り器など飲食店の厨房にもよくある調理器具や、深型の取り皿、ミニホイッパー、シリコンスプーンなどのカトラリーを貸してもらえると負担は相当軽くなる。
続いては、「メニューの調整」だ。具材を細かくしたり潰したりといった対応があると有難いが、例えばメニュー表に「スープのみ」や「小さい具材あり」「大きい具材あり」「とろみあり」など、どういった状態の料理かが具体的に表記されているだけでも安心して注文でき、選択肢が広がるのだ。
ちなみに「SoupStock Tokyo ルミネ立川店」では、嚥下障害があるお客さんに対しては持ち込み可とし、調理器具や食器、カトラリーも貸し出しており、チャート表になっているメニュー表も用意して対応している(利用する際は席の事前予約を推奨している/咀嚼配慮食サービスのURL:https://www.soup-stock-tokyo.com/information/soupforall_soshaku0601/)。
健常者と障がい者が共に楽しめる社会を
最後は、嚥下障害のある人でも食べられる「インクルーシブフードの提供」だ。前述した「関西」や、本紙がこれまで取り上げてきた飲食店のように、嚥下障害がある人も一緒に楽しめる料理を提供している飲食店はあるものの、まだまだ非常に少ない。しかも、これらの飲食店はハレの日利用の業態が多く、日常使いできる業態でインクルーシブフードを提供する店はほとんどない。共同代表の加藤さくらさんは「車いすに対応しているファミリーレストランやカフェなどで、嚥下障害の人にも対応する店が増えることが目標」と語る。
飲食店経営者は、これらの取り組みを聞くと二の足を踏みたくなるかもしれないが、障がいのある子どもを持つ家族が何よりも欲しているのは、店側に何の用意がなくても入店することを受け入れる「ウェルカム感」だという。加藤さんは「冷たく断られたり嫌な顔をされるだけでメンタルが削られる。対応できないと決めつけるのではなく、一緒に考えてくれるだけでも嬉しい」と語る。
嚥下食のもう1つの課題が料理の種類だ。高齢者が喜ぶ料理や味付けとなっており、子どもが喜ぶ唐揚げやカレー、ハンバーグなどは少ない。そこで同法人では、食品メーカーや飲食店などのメニュー開発に関するアンケートやプロモーション、商品開発のコンサルティングも手掛ける。
永峰さんは「嚥下食の商品を出しているメーカーでも、実際に嚥下障害のある人が味見したり開発に携わっているわけではない。我々が協力することで会員から率直な反応を多く得られるので、より消費者に寄り添った製品を作れる」と語る。
モグモグエンジンが目指すのは、外出した時にさまざまな年代、性別、国籍の人とともに障がいのある人も一緒に楽しく生活して食事を楽しめる世界であり、そのために飲食店や食品メーカーが果たせる役割は大きい。
「インクルーシブ」な社会が実現され、さまざまな境涯の人の笑顔が見られる飲食店が増えることに期待したい。