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三重の老舗《ゑびや》がAI駆使して経営危機脱出

2019年5月28日 7:45 pm

どのやり方がどの層に響くか。常にデータを取り検証した

 どう見せれば売れるのか。店の前に置くA看板はどんなデザインでどう配置したときにどの料理の出数が伸びるのか。売れ行きと、ABC分析の結果との整合性を探った。その時に真っ先に小田島さんがしたことは、当時使っていた大手メーカーのPOSレジのレシートをエクセルに打ち込む作業だった。なぜなら、そのデータがなければ何も分析できないから。なぜレジでデータ入力しているのに、手動で書き出さなければ分析すらできないのかと、強い憤りを感じたという。小田島さんがこう指摘する。

 「諸悪の根源は大手のPOSレジだ。スマレジやユビレジなど一部のレジを除けば、基本的にデータを書き出せない。旧式の大手のレジに至っては3カ月以上データが残っておらず、レシートから手作業でデータを移行するか、特殊な方法を使わない限りデータの書き出しもできない。10~15年前の技術から進んでいないので、飲食業界は構造的にデータ分析ができないのも致し方ない。つまり旧式のレジは、完全自動で分析するにはほど遠い機能なのだ。自動分析するには億単位のお金が必要となる。そうなると大手しか対応できない。データがないと、分析も、来店予測も何もできない。データを吐き出す機能(API)を持っているレジでないと過去のデータに基づく分析は不可能だ」

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人間の感覚数値化し90%超の予測精度目指す

 小田島さんは、データとデータとの相関関係を重視する。例えば、スタッフの出勤、人気メニュー、媒体アクセス数――何百項目にもおよぶデータを見ていき、自分の店に合った項目をピックアップして分析する。それが「ゑびや」復活のカギを握ったデータ分析の要だ。小田島さんが言う。

 「例えば、明日、人が死ぬかどうかはわからなくても、月末には街にこのくらいの人出があり、この天候なら、この程度の売上はいくだろう――といった人間の感覚は意外と予測できる。なぜなら、それは何かしらの項目と相関関係があるからだ。その項目は立地や業態によって異なる。自店に合ったデータがたくさんある方が当然、精度は高くなるのだから、必要項目のデータ量は多いほどいい」

 小田島さんによれば、熟練工の「長年の経験や勘に基づく予測」でも、その精度は70%台。一般人なら60%程度だ。それをデータ分析を使って「80%の精度にするお手伝いをしたい。そして目指すは常に90%」という。

 実際に「ゑびや」はアベレージで90%超の予測精度を目指している。来店客数予測に関しては、昨年2月10日~12月15日までの平均精度は93%と、ついに90%を超えた。例えば昨年12月13日はテレビの取材が入った日で、開店前のその日の来店予測は203人。実は小田島さんは「こんなに来るかな? と思った。しかもスタート時の客入りも悪かった。感覚的には170人くらいだった」と振り返るが、実際には192人と、94.6%の精度だった。もちろん、70%台の日もあり、常時90%というわけではないが、大事なのは「このデータを人間がどう活用して上ぶれさせていくかが重要」だと強調する。こうした「店舗の見える化」によりメニューやオペレーションの改善、新商品の開発、ゆとりのできたスタッフの接客力向上に繋がったことで、現在、「ゑびや」の食べログの点数は7年前の2.86から、3.50に上昇した。

 「ゑびや」に入り、自店舗の改善を進めていくうちに、小田島さんは、AI(人工知能)やBI(企業に蓄積された大量のデータを集めて分析するツール)、機械学習IoTを使って、①来店予測②自動発注③属性分析④販促効果測定店舗の可視化を図り、「サービス産業をより儲かる生産性の高い産業へと変革させ、サービス産業で働く全ての人たちが、データ解析の力でより楽しくスマートに働ける世界となるよう手伝いたい」と、小田島さんは18年6月4日、「ゑびや」のシステム部門をEBILAB(エビラボ)として分社化した。

 「ゑびや」では、厨房でもホールでも、設置されたモニターにより、誰もがリアルタイムで来店予測や属性分析といったデータを確認できる。このデータが逆にスタッフの刺激になり「看板をこう変えて来店客を増やそう」といった工夫が出てくるという。「ゑびや」では、データ予測より25%上ぶれした場合は、そのスタッフたちの努力に対し「大入り袋」を出すことも検討しているという。

 飲食業界が慢性的な人手不足に陥っているのは、①長時間労働②肉体労働③低賃金④少ない休暇――といったイメージに加え、現実に横たわる生産性の低さがあるからだ。飲食業を儲かるビジネスに変えるには、ICTを活用したデータ化で「店舗を見える化」するのが最も早い。

 「ゑびや」の来店予測は、過去の来店客データや、天候などビッグデータをベースに、観光地という特殊な立地を踏まえ、店外カメラを利用した入店率データなど、その業態や立地特性を鑑みた項目からデータ分析し、その蓄積により精度を高めている。

 当初は小田島さんが必要なデータを全てエクセルに打ち込んで管理していたが、17年に小田島さんの作った店舗可視化システム「タッチ・ポイント・ビーアイ」について講演したことで、米国マイクロソフトから日本人で3人目となる「AIMVP」を受賞した。これがキッカケとなり、マイクロソフトが「ゑびや」への無償支援を決定。誰でも簡単に操作でき、入力作業もほぼ要らない現在のシステムへの道筋がつくことになった。

データ分析活かし新事業で収益増

 伊勢神宮の内宮参道という立地にあるため、「ゑびや」では防犯カメラの画像を分析して、①人数②性別③年齢④表情――の情報を自動収集。通行人の数も把握し、そこから店舗に入った人数などの「入店時情報」を自動で収集する。

 AI技術は活用した一例として、「店舗可視化システム」があれば、簡単に「店に入ったお客さんのデータ」と「実際に商品を買った人のデータ」をタテに比較・分析して、商品開発につなげることが可能になる。

 このタテのデータのギャップを埋めることが購買率の向上につながり、それがすなわち「店舗の見える化」となるわけだ。実際に小田島さんは16年、店舗内の全席別の売上を分析。テーブル別の売上をマップ上に可視化し、滞在時間や客単価も算出した。そこで座敷とテーブル席とを比較した結果、滞在時間が長く客単価が低かったのが座敷だったため、座敷を全て潰し、その9坪分のスペースを小売部門とした。その結果、当時の178席から160席に減っても、年間の客数に変化はなかったという。

 むしろ小売店を設置したことで年間1億円の売上増となり、さらに前述した店頭のあわび串屋台でプラス1億円の計2億円の売上増を達成した。これも、店舗可視化システム「タッチ・ポイント・ビーアイ」のなせる技だ。「ゑびや」の売上は小田島さんが店に入った12年には年商1.1億円(経常利益200万円)だったものが、18年には約4.4倍の4億8000万円(同4000万円で新規事業にも投資)へと上昇、従業員の給与もアップした。

 この間、伊勢神宮の内宮参拝客数は13年の885万人弱をピークに17年は581万人まで減少するなど、観光地としての外的環境は決して良いとは言えない。12年から18年までの間、従業員数は42人から44人とほぼ変わっていないことから、生産性が飛躍的に向上したこととは一目瞭然だろう。しかも、現在のスタッフの就業状況は長期休暇取得率100%、残業ゼロ、来店客数予測により米の廃棄が7年間で約4分の1に減少した。

アンケートや売上はリアルタイムで集計

 来店予測をはじめ「ゑびや」のデータ精度の高さを支えているのがリアルタイムに集計できる顧客アンケートだ。
 これは、タブレットオーダー端末に出るQRコードをお客さんに読み込んでもらってアンケートに答えてもらうもので、来店頻度や居心地、接客評価、味の評価など10項目で構成されている。それがリアルタイムで自動的に集計されていく。例えば「出し茶漬け」を頼んだ人の評価は? 接客評価が4だった人の味の評価は? あるいは2を付けた人は何を食べたか?――と、データとデータとをつなぎ合わせて分析することが重要だという。それをその日のうちに共有して改善へと繋げる。

 小田島さんは来店客の「属性」を非常に重視している。これほどまでに膨大なデータを分析しているにも関わらず、実際に現場で入力するのは、注文時にハンディから入れる①年代②グループ構成(カップル2人など)③居住地の3点のみ。居住地は基本的に47都道府県と外国、中国のくくりだ。さり気ない会話の中から「今日はどちらからですか?」と、居住地を訊ねる。

 「ゑびや」は外国人が1%以下と少ないことから荒い分類にしているが、逆に「愛知」と「名古屋」は分けるなど、嗜好性や文化圏が異なるエリアを明確に分けることにより、予測データのブレを抑えるのだという。

 その打ち込まれた「属性」をベースに、①来店時間②注文メニュー③滞在時間④客単価⑤クーポン利用率といったレジ情報が加わり、さらに外的要因として天候や曜日平均気温などが加味される。

 その分析は例えばこうだ。暑いとは何度になったら消費に変化が現れるのか。気温別売上構成比はどうなっているか。雨が降ったらどのエリアまでが来店し、どのエリアの人だと来ないのか。雨天時に来たエリアの人が多く頼むメニューは何か。ならばそれを雨の日は前面に打ち出した方がいい――といった検証作業を、スタッフレベルですることが「ゑびや」では日常的に実践されているのだ。これこそが、現場における真の「店舗の見える化」なのだ。つまり、ICTを駆使するということは、ICTツールを使って得た情報を人間がどう効率よく活用するのかに尽きるということ。

 アンケートの回収率は25~30%だが、「傾向値は十分に掴める」といい、例えば、アンケートの結果、グーグルや食べログ経由よりも自社ホームページからの来店が多いとしたら、媒体に資金をかける効果があるのか、ということが浮き彫りになる。「飲食店の店舗経営はクリエイティブな要素が多い。空間やサービスをデザインする。それが楽しい仕事になっていく」と小田島さんは考える。そうした重要なデータを収集するためのアンケートなので、書き込んだ画面を見せてくれれば、100円引きにするなどの特典をつけているという。

 前述したとおり、例えば、早い時間帯の40代は「手ごね寿司系」、50代は「茶漬け系」の注文が多いというデータが出たとすれば、これをどう良い方向に変えられるかが「商売の本質」だと小田島さんは考える。

 こうしたシステム構築は、かなりコストが高いのが一般的で、大手にしか手の届かない仕組みとなってるのが現状だ。しかし、小田島さんは自店舗のような規模の小さな飲食店にも使ってほしいとこう続ける。

 「我々の価格に対する考え方は、1店舗のウェブ広告費用もしくは、その地域の最低時給×1時間×1カ月分を月額料金の目安にしている。価格を抑えているのは、規模の小さな飲食店に1店でも多く導入して欲しいからだ。このシステムはお店のカルテのようなもので、まずは現状を把握して対策を打っていく、店舗経営の健康診断に他ならない」

 ①アンケート②売上分析③天候等分析④テーブルマッピング⑤カメラがあれば入店率⑥ホームページアクセス数などの取得で1カ月1店舗1万9800円(初期費用30万円)はかなりリーズナブルだ(来店予測は+8000円)。しかも現場の負担もないため、空いた時間を別の仕事に充てることができる、といったプラス要因の方が大きい。

 コンパクトで必要な分析が詰まっているのがこの店舗可視化システム「タッチ・ポイント・ビーアイ」の特徴だ。予約の多い店はウェブ媒体のアクセスデータの分析を、フリ客が多い店は通行量調査をと、「店によって必要項目が違うため、見るべき分析データも異なる。自分でデータ分析できない飲食店向けには、システム販売だけでなく、例えばメニュー変更前などの節目の時に1回3~4万円でデータ分析およびアドバイスも行うという。

 近い将来、データ分析による過去・現状把握なしに飲食店経営はできない時代が当たり前になるだろう。そのインフラを作ったのが「エビラボ」だと言われる日も近いのかも知れない。それくらい、飲食業界にとってはローコストで画期的なシステムといえる。

 飲食店目線で作り、飲食店の現場で磨かれたシステム「タッチ・ポイント・ビーアイ」。それだけにその実践力は計り知れない。次世代の経営革新がまさに起きようとしている。(次頁に続く)