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三重の老舗《ゑびや》がAI駆使して経営危機脱出

2019年5月28日 7:45 pm

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「来店予測的中率9割」が業界救う!!
次世代経営の鍵はデータ解析にあり
入力作業しなくても情報収集と分析可能に

 AIやICTは、もはや飲食業界でも当たり前の用語になりつつある。しかし、実際には高いコストをかけたものの、あまり商売の役に立っていないケースもあるだろう。飲食業にとって必要なAIやICTとは? たとえ1店舗だけでも取り入れて生産性が上がるツールはあるのか。スタッフを笑顔にし「笑売」を広げたいという三重の老舗「ゑびや」の若社長、小田島春樹さんがこの7年間取り組んできた「店舗の見える化」にフォーカスした。「的中率9割」の経営支援AIシステムが飲食業界を救う?!

食券とそろばんの超アナログ管理からの脱却

《ゑびや》を立て直した小田島春樹社長

 「例えば、飲食店は10年以内に実に87.8%が倒産するとのデータがある。それはなぜか。勘と経験に頼っているからだ。現状を知り、その少し先まで予測する。データ任せにするのではなく、データをもとにどうしたら、売上を上ぶれさせることができるのかを考え、実行することが我々の本来の仕事のはずだ。それをせずに店を経営しているのは、目をつぶって車を運転しているのと同じくらい危険なことだ」

 1912年、三重・伊勢神宮の内宮参道に立地する「伊勢ゑびや大食堂/ゑびや商店」として創業した「ゑびや」。7年前、その新社長に27歳の若さで就任したのが小田島春樹さんだ。小田島さんはソフトバンクを経て、2012年3月、妻の実家である「ゑびや」に入社した。「店に入って驚いた。今どき、そろばんと食券。笑えないくらい大変だった」と当時の模様を振り返る。小田島さんはまず、手書きの帳簿類をエクセルの表に入力することから始めた。

 それと並行してメニューを見直した。「おいしいものが好き」という小田島さん。「基本的には観光地にありがちな特徴のない、『高かろう、まずかろう』の定食屋だった」という当時の「ゑびや」に、全くの素人だった小田島さんが、大胆にもメスを入れた。ちなみに、小田島さんが店に入ったときの食べログの点数は2.86。観光地とはいえ、3.0を大きく下回る店もなかなか珍しい。

 小田島さんは、まず自分の好きなものを中心にメニューを3種類に絞り、あとはお客さんにアンケートを取りまくって食べたいものを聞いた。そして、最初の3種類にプラスしていく形で、結果的に全てのメニューを入れ替えていった。

 「イノシン酸やグルタミン酸を豊富に含んでいる調味料で作った方がおいしい料理ができるだろう」と、メニュー変更に際し、小田島さんはまず調味料集めからはじめた。そうして集めた調味料で作った料理をレシピ化して、外部の業者に生産を委託した。

 過疎に悩む三重・大紀町にある錦漁港の水産加工会社が行っていた、次世代微細結晶氷「ナノアイス」による鮮魚の常温流通試験に参画し、三枚おろしにした魚を漁港でパッキング。さらに小田島さんは店舗に氷温冷蔵庫を設置した。

 新鮮な魚介類を1次処理して「ナノアイスを使いパッキング→常温物流→店舗の氷温庫へ」といった店舗までの物流網を構築することで、常温流通にもかかわらず1週間程度の鮮度維持に成功したという(NITと三重大学との共同開発により実現した保存方法)。長期にわたる鮮度維持でロスが激減したことに加え、魚の1次加工を漁港で行うことにより、店舗での「職人レス」も同時に実現できたと小田島さんは言う。

 さらにこの漁港で水揚げされる伊勢真鯛やあわびなどの魚介類を使った〈伊勢真鯛のだし茶漬け〉税別1480円や〈天然あわびのだし茶漬け〉同3280円といった「地産地消」メニューも開発した。

 こうした取り組みも、取引業者を見直した結果から生まれた。小田島さんによれば、「観光地であまり料理のクオリティが高くなかったこともあり、業者からかなり高い価格で仕入れていた。12社ほどあった取引先を一旦ゼロベースで見直し、現在は食材だけで18社との取引がある。伊勢神宮の内宮参道に店があるにもかかわらず、ブラックタイガーのエビフライや冷凍麺の蕎麦など、地域の産物を使ったメニューではなかった。そこで良い食材を求めて産地を回り、直取引も増やしていった」という。

データ分析積み重ね適正な客単価に誘導

 「どこから手を付けていいのかわからないほど、厳しかった」という当時の「ゑびや」。小田島さんは、「お金が必要だ。ともかく売上を伸ばさないと何もできない」と、売上を伸ばすための施策も並行して次々に打っていった。

 日焼けした食品サンプルではおいしいものもおいしく見えないため、自分で料理の写真を撮り、ホームセンターで材料を買い、店頭のメニュー看板を作り直した。そして、次に行ったのがテイクアウトの商品開発だ。店に入って9カ月後の12年12月のことだった。
店頭に手作りの屋台を作り、あわびを蒸して串に刺し、塩、バター、醤油で味付けした〈あわび串〉を開発し、1本税込600円(現在750円)で売り出した。ワンオペで食材原価は36~38%、これが初年度2800万円と、思いのほか売れた。現在では、蒸して串刺し後に冷凍したあわびを納品してもらい店で解凍。保温しておき、たれのみ店で付けるというオペレーションに変更したため、ロスもほぼないという。発売から丸6年、現在の売上は年商1億円と、「ゑびや」の重要な稼ぎ頭に成長した。

名物の〈あわび串〉

 「ゑびや」では店頭の屋台で多い日には1日1600本も売れる。ワンオペで実に120万円の売上だ。これはもちろん、伊勢神宮の内宮参道という立地条件が大いに関係しているが、最短3秒で提供できるオペレーションを組んでいることも大きく影響している。

 徹底した「生産性の向上」が小田島さんの経営の根底にあるのだ。この屋台に関しては1人で調理でき、利益率も高いことから、観光地向けのFC展開も視野に入れているという。小田島さんが店に入った当時の「ゑびや」の客単価は850円。来店客に徹底的なアンケートを実施し、その声をベースにメニューを変更しながら、850円、1350円、1500円と、平均客単価を3680円まで上げた。さすがに客数が相当落ちたため、その後も実験を繰り返し、現在の2500円という客単価に落ち着いたという。

 同店のメニューは、小田島さんが自ら写真を撮影して作成したものに始まり、手書き看板からデザイン系へと進化していった。14年にはフリーランスのデザイナーを集めたリバースオークション(買い手が売り手を選定する競争入札と同様の逆オークション)サイト「ランサーズ」を活用し、さまざまなデザイナーから上がった54案のメニューブックデザインから絞り込んで改訂した。しかし、「デザインだけでは乗り越えられない壁がある」と小田島さんは強調する。

 メニューブックを変えるたびに価格も変更してブランディングし、「デザインの後ろで常にデータ分析をしてきた」と小田島さんは語る。「ゑびや」再生のキーワードは、まさにこの「デザイン」と「データ分析」なのだ。

 さまざまな実験を積み重ねてデータを取る。それが「ゑびや」の現在のベースとなっている。これまでは「参道にたくさん人が歩いているのに、その人たちがどれだけお店に入り、お客さんになったのかがわからなかった。売上が減少しても、単純に店の売上が落ちたのか、マーケットそのものが縮小した結果なのかが全くわからなかった」という。(次頁に続く)