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酒造りの想いを伝える試飲施設を開設 ラボ併設し生酛造りに挑戦へ【群馬・永井酒造】

2023年11月2日 8:36 am

 地酒や焼酎をメインで扱う業務用酒販店のいずみや(千葉・鎌ケ谷、小泉広記社長)の小泉広記社長の声掛けで、首都圏の飲食店オーナーらとともに、テイスティング兼ブランドコミュニケーションを図るための施設をこのほどオープンした、群馬・川場村の永井酒造を訪ねた。[2023年「日本外食新聞」10月25日号掲載]

 熟成日本酒や瓶内2次発酵(シャンパーニュ製法)による日本酒を醸造し、「水芭蕉」ブランドで知られる群馬・川場村の永井酒造は8月1日、醸造施設内に、小規模醸造施設を持つ醸造研究所「SAKE LABO」を併設する試飲ルームとブランドコミュニケーション発信を兼ねたゲストルーム「SHINKA(シンカ)」を開設した。

建物の2階が「SHINKA」だ

 こうした試飲ルームとブランドコミュニケーション発信を兼ねたゲストルームは、カリフォルニア・ナパバレーやヨーロッパの新興ワイナリーなどによく見られるスタイルで、海外ではランチを取りながらワインを合わせて試飲するシーンもよく見られる。

 永井酒造ではこれまでも地元の食材と自社の商品を合わせてディナーをしながらブランドコミュニケーションを図るもてなしを蔵内の別の空間で行っており、この施設はそことは別に、蔵の歴史から酒造りの想いなど、同社のアイデンティティーを発信する場所として活用していく方針だ。6代目当主の永井則吉さんが言う。

 「ここは私の妻と出会った米・ナパバレーのワイナリーからインスピレーションを受けて誕生した。『SHINKA』は真価であり、進化していくこと、深化することを指す。唯一無二の挑戦である〈AWA SAKE〉(発泡性日本酒)、〈刻(とき)SAKE〉(熟成日本酒)そして、我々の哲学や価値を伝える場として、真価への挑戦、進化する酒造り、お客さんと深化させる関係性を築いていくという意味を込めた施設だ。当社の想いをしっかりと伝えたいので、招くのは1日1組10人までと決めている」

「SHINKA」のコンセプトについて語る6代目当主の永井則吉さん

 初代の永井庄治さんはもともと、信州(長野県)の侍だったが、江戸から明治へと時代が移るに伴い失業し、新たな食いぶちとして酒造りを目指し、その適地を探していた。その時に出会ったのが群馬県川場村の水だった。

 中軟水の水質を持ち柔らかくほのかに甘みがあり、後味にミネラルを感じる水に惚れ込み、いまから137年前に川場に移り住み、永井酒造を設立し、酒造りを始めたのが始まりだ。

 それから少しずつ、水源である森を買い足し、現在ではサッカーコート15面分まで広がった。1992年には現在の主力である「水芭蕉」ブランドを立ち上げ、それまで普通酒のみだったラインナップに特定名称酒を加え、当時1000石あるかないかの規模だったものが、現在は特定名称酒に転換した上で、3200万石の規模まで拡大した。

廊下を通るだけで永井酒造の歴史がザックリわかる

 永井さんの父で3代目の鶴二さんは街づくりに注力し31歳で村長にもなっている。「農業+観光」をキーワードに、ヨーロッパに倣った街づくりを目指したという。「道の駅」もやりたいことの1つに入っていたが、2022年度の来場者数250万人と、全国一を誇る群馬県川場村萩室の道の駅「川場田園プラザ」の完成間近に、この世を去った。

 その後、蔵元は母、兄へと継承され、現在は則吉さんが6代目として、永井酒造を川場村から世界へと羽ばたかせようとしている。その重要な拠点となるのが今回開設した「SHINKA」で、中でもその肝となっているのが、併設する醸造研究所「SAKE LABO」だ。

ブランドコミュニケーションも担う「SHINKA」。奥には小規模醸造施設を持つ醸造研究所「SAKE LABO」がある

 ここは通常の100分の1スケールで仕込める、小仕込みによる実験醸造施設だ。そのためタンクも100㎘仕込みと小さい。速醸酛で酒造りしていた永井酒造が生酛造りへのチャレンジをする貴重な場所なのだ。永井さんがこう語る。

 「ここでは『挑戦』を1番大事にしている今までできなかったことを徹底的にやろうと、年間30~40の実験を行う計画で、まさにクラフトマンシップの挑戦だ。生酛造りを〈AWA SAKE〉にも取り入れたい。1タンクで最大720㎖250本造れる。オーク樽のバリック(225ℓ)1本弱になるので、将来的には熟成酒をはじめ、オーダーメイドの日本酒をこのラボで造っていきたい」

 下の写真は、永井さんが会長を務める発泡性日本酒を造る酒蔵で構成するawa酒協会で製作したスパークリング日本酒専用のグラス。
 永井さん曰く、通常のフルートグラスは「泡を見せるグラス」。対して「AWA SAKE」グラスは、風鈴をひっくり返したような球形をしており、飲むと、舌の真ん中に酒を落とし「泡を感じるグラス」なのだという。

スパークリング日本酒専用のグラス

 実はこの「SHINKA」開設に合わせ、スパークリング、純米大吟醸、大吟醸の2008年シリーズを発売した。その中にあるインビテーションカードで4人まで無料でここに連れてくることができるという(要予約)。そして、4~5種の日本酒をテイスティングできる。

 永井さんが「うちのリビングに来てもらってもてなすという発想でここを作った」というように、特別な人に特別なおもてなしをし、特別な関係を築いていく――「SHINKA」のブランドコミュニケーションは記念商品発売から始まっていたのだった。

窓の向こうは自社の日本酒に使う稲の水田が広がる。まさにワインで言うところのドメーヌだ