ピックアップ開発秘話読むと得する

「タップ・マルシェ」は業界にイノベーションを起こすのか【キリン】

2019年2月15日 10:21 am

独自の装飾を施してクラフトビールを訴求する店もある(写真は「HUB中野南口店」)

 しかし、課題がないわけではない。「タップ・マルシェ」は数々のことを「捨てる」ことで開発できた。コストを下げるために前述したとおり、保冷機能のみにしたり、温度(室温35℃の環境下で5℃前後の抽出設定)とガス圧(0.8気圧)が4タップ一括設定(5段階設定有り)となっていたり、といった具合だ。

 上田氏は「よりベターな状態で、よりおいしいビールを提供する」ために、4タップがバラバラに温度調整できるような提供温度の実現にトライしたいと語る。 現在、「タップ・マルシェ」には特殊な装置は付いていないが、専用サイトから発注するため、そのデータから販売数量を1週間のタイムラグで把握することが可能になった。将来的には「IoT(モノにセンサーが組み込まれて直接ネットに繋がり、ダイレクトで通信できる仕組み)が普及してコストが下がれば、IoTを活かし、リアルタイムで情報を収集し、店舗にフィードバックすることにも挑戦したい」と上田さんは目を輝かせる。

 単なるサーバーから、情報を発信するサーバーへの可能性も見え隠れする。仮に、このサーバーが数万店規模で普及すれば、立派なインフラの一つとなる。そうなったときに、ペット容器に詰めるものが何もクラフトビールに限らないということも想定できる。

 例えば1本はメルシャンのスパークリングワイン、もう1本は…と、地域特性や業態、お店のニーズに応じて、種類間の垣根を超えたコンテンツが登場してくるかもしれない。現実化するか否かはさておき、そうした「夢」がこのサーバーにはある。

 もう一つの大きな特徴は、生ビールサーバーでありながら、厨房からホールに飛び出してきたこと。それは画期的なことだろう。 「もう置く場所がないなら厨房から出ればいい」と、当初からホールを前提として開発したのだという。「出す以上は格好良くないとダメだ」と、ハナから厨房に置くことを捨てたからこそ、7タイプものカラーバリエーションを用意した。それは「我々の意志を飲食店に伝えたかったからだ」(上田さん)というプロジェクトチームの強い想いが現れている。ある意味で、ホールに「ビールをサーブするステージを用意した」ことに他ならない。

 そうした造り手の想いが、早くも良い意味で一人歩きを始めている。店ごとに、サイドやバック、フロントといったパネルを装飾し、思い思いの使い方をしているのだ。店が楽しみながら「タップ・マルシェ」と付き合う。この点も、キリンが想定もしていない現象が現場では起き始めているのだ。装飾を競うコンテストでも開いたら、全国の導入店が大盛り上がりで応募してくるに違いない。 最後に上田さんはこう話してくれた。 「『タップ・マルシェ』を通じて、ワクワクするビールの未来をつくりたい。ビール自体が、暮らしを楽しく、そして明るくする。それがビール屋としての使命だ」

■タップ・マルシェとは?■

 「タップ・マルシェT(apMarche)」は、「『マルシェ=市場M(arche)』のように、個性豊かで多様なクラフトビールと多くのお客さんが出会い、気軽に楽しめる『場』を実現することで、新たなビール文化の創造を目指す。より多くの飲食店で導入していただくことで、お客さんがビールを選べる楽しさを気軽に体験できる『場』を増やしていく」(キリンビール)というミッションのもと、2017年4月から1都3県および全国の一部都市で試験導入を開始した、クラフトビール専用小型多品種ディスペンサーだ。

  ロスの問題や管理面で、これまで専門店でしか扱いづらかったクラフトビールをもっと幅広い業態でも扱えるように開発されたもので、3Lの小型耐圧PETボトルに充填されたクラフトビール4種類をセットできる。セットもPETボトルのキャップを外すだけで入れ替えられるので、女性のアルバイトでも簡単にできる点が特徴だ。 洗浄や品質管理もラクなため、取扱店のハードルが飛躍的に下がり、消費者とクラフトビールとの接点拡大が期待できる。当初8種類のビールでスタトし、現在は1種類。今後も増える見通しで、今春から全国展開を開始し6000店舗への導入を図る。充填するビールに関しては、キリングループ以外のクラフトビールメーカーへも門戸を開いている。

日本外食新聞2018年2月15日号掲載